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CHINZEI

大学の概要

 

学院長メッセージMessage

INTERVIEW

鎮⻄学院は今年で創⽴から140周年を迎えることになります。学院は、1881年、⽶国メソジスト教会から派遣されたC・S・ロング博⼠によって⻑崎市内の東⼭⼿に創⽴された加伯利英和学校(カブリーセミナリー)を⺟体として発⾜しました。1881年は明治14年にあたります。近代⽇本のその後の国家としての歩みを⼤きく左右することになる「明14年の政変」が起きた年でもあり、学院はそうした歴史の転換期に⻑崎に産声を上げ、近代⽇本の歩みと重なる星霜を閲してきました。そして学院創⽴120周年(2002年)にして短期⼤学を改組して⻑崎ウエスレヤン⼤学が開学しました。この間、原爆投下という⼈類史の中でも戦慄すべき惨禍で多くの教 職員、学⽣を亡くし、それでも聖書の「エクソダス」(出エジプト記)の来歴を現代になぞるように、学院は新たな再⽣の地、県央の諫早で⾒事に蘇り、今⽇に⾄っています。学院の140年には、⾎と汗と涙と、そして神とともにあることの歓喜の歴史が刻み込まれ、綺羅星のように輝く傑出した逸材たちがその歴史の⼀コマを形作ってきたのです。そして今、⽇本と世界は、あの「明治14年」の転換期や戦後の激変期に勝るとも劣らない⼤きな転換期を迎えようとしています。新型コロナウイスのパンデミックはそれを促す巨⼤なトリガー(引き⾦)になるのではないかと思います。それは、⼀⾔で⾔えば、無限の成⻑や⼈⼝の増⼤、⽣産⼒の増強や飽くなき効率化の追求、⼀⾯的な能⼒の序列化や科学技術に対する楽観的な信仰などが篩にかけられ、それらを貫く価値が相対化されるとともに、⾃然や環境との共⽣や多様性の尊重、多極分散型の地域経済の賦活や中規模技術の再評価など、いわゆるSDGs(持続可能な開発⽬標)に含まれる諸価値がポスト近代のあるべき⽬標として推奨されることになったのです。「敬天愛⼈」をモットーに、⼈智を超えたものへの畏敬の念とともに、神によって創造された⽣きとし⽣けるものへの愛を学びと働きを通じて実践してきた学院は、SDGsに謳われる平和構築に向けて普段に努⼒を重ねてきた「平和の使徒」でもあります。学院は、ことさらSDGsの新たな価値を挙げなくても、既にその歴史の中でそれらを実践し、今⽇に⾄っているのです。その意味で、学院は、時代のフロントランナーであり、その輝きが発揮される「時」がきたのだと思います。⼤学は、その輝きをあまねく、地域の中に、⻑崎県の中に、九州に、⽇本列島に、さらにアジアに、世界に広げ、地域貢献型⼤学として、またそれを通じたグローカル(グローバル+ローカル)な知的・⼈的拠点へと脱⽪すべく、学院創⽴140周年とともに鎮⻄学院⼤学として蘇り、その初代の学⻑に私が就任することになった次第です。校名変更は単なる看板のすげ替えではありません。あえて⾔えば、どんな困難な時代にも微動だにせず、そのミッションに徹してきた学院だからこそ、⼤きな価値の転換に即応して変わりうる潜在的な能⼒を備えているのです。鎮⻄学院⼤学は、先に述べたようなSDGs に具体化されている⽬標や価値を⾃らのサバイバルの根幹に据える 深い強靭な知性の習得とともに、福祉や教育、⾏政や地域経済、サー ビスなどの現場で活かせる専⾨的な知識と実践的な処⽅箋の学びの 機会を提供してまいります。学⽣⼀⼈ひとりが、卒業後も社会⼈として独り⽴ちしていける機会を確実に保証し、誰もが安⼼して学べる環境を整備してゆきます。特に、コロナ禍で対⾯とリモートでの「混合学習」が不可避となりつつある中、学院⼤学はリモート環境をより充実し、感染防⽌策の上に可能な限り対⾯授業や実習に重きを置くカリキュラムを準備し、みなさん⼀⼈ひとりの不安や懸念に対処できる仕組みと⼈的資源を配する所存です。混沌とした不確実な時代、そして激流のように変化する時代、誰もが⾃分の進路について⽴ち⽌まり、迷わずにはいられません。そんな時代だからこそ、140年の歳⽉の厚みに⽀えられ、有為な⼈々を輩出し、不動のミッションがあるからこそ、時代の変化に柔軟に変わりうる我が鎮⻄学院⼤学で、私とともにキャンパイライフを謳歌しましょう。
学校法人鎮西学院 学院長
カン サンジュン
姜 尚中
1950年、熊本県熊本市に生まれる。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。国際基督教大学助教授・準教授、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授、聖学院大学学長などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍。2015年、鎮西学院教育顧問に就任。
2018年、鎮西学院学院長に就任。